人材育成競争

タレントマネジメントとは、もともとThe War For Talent 人材育成競争 で論じられていたように、企業間で奪い合いになるような優秀な人材の育成確保という意味合いを強くもつものでした。 現在ではもう少し広義に、企業の戦略実行上、重要な役割を担うことを期待された人々をタレントと呼び、 その採用から育成、活用、退職に至るまでの一連の人材サイクルを最適化、高効率化していく取り組みを タレントマネジメントとして捉えています。

米国でのマッキンゼーのThe War for Talent調査(1997と2000年に実施)

従来のやり方

  • 人材マネジメントは人事部が担当する
  • 企業は相当の給料と利益を提供する
  • リクルーティングは、
    一方的に選ぶ買い物のようなもの
  • 人材の育成は
    トレーニングプログラムを通じて行う
  • 誰をも公平に扱い、
    誰もが同じ能力を持っていると考える

新しいやり方

  • CEOをはじめ全てのマネジャーが、
    マネジメント人材層を強化する責任を負う
  • 企業、仕事の機会、待遇などを
    複合的に活用し、有能な人材にアピールする
    従業員への訴求価値を作り上げる
  • リクルーティングはマーケティングと
    同じくらい重要である
  • 人材の育成は基本的に、
    実力を伸ばしてくれる仕事、コーチング、
    インフォーマルなアドバイスで行う
  • 全ての社員の能力を認めるが、
    ランクによって扱いは変わる

出所)Michaels, E., Handfield-Jones, H., Axelrod, B. (2001) The War for Talent, McKinsey & Company (渡会圭子訳『ウォー・フォー・タレント』翔泳社、2002年)邦訳p.52

戦略と人材

昨今のタレントマネジメントに関する関心の高まりは、事業戦略実行に関する危機感と切り離すことができません。 タレントマネジメントは、戦略実行のカギを握る最重要課題です。
スタンフォード大学ビジネススクール教授で組織行動論の世界的権威であるジェフリー・フェファー(Jeffrey Pfeffer)も 人材を通じて競争優位を築くことの重要性を説いています。

「戦略は建前ではない。実現しなければ価値がないものである。そして、戦略を実現するのは人である。
企業の人材活用、従業員のスキル、能力、自立性、努力が、実現可能性を左右する。
人材管理の改善は、戦略を立案するより難しいかもしれない。しかし、効果は絶大である」

出所)Pfeffer, J. (1998) The Human Equation, Harvard Business School Press(佐藤洋一監訳『人材を生かす企業 経営者はなぜ社員を大事にしないか』トッパン、1998年)邦訳p.18

人材こそが持続性ある競争優位、すなわち、他社が模倣しにくい競争優位の源泉であるということです。

出所)Pfeffer, J. (1998) The Human Equation, Harvard Business School Press(佐藤洋一監訳『人材を生かす企業 経営者はなぜ社員を大事にしないか』トッパン、1998年)邦訳、p.324より改編

サクセッションプラン

サクセッションプランは、タレントマネジメントの中核をなすものです。
カルロス・ゴーンがニッサンに着任した当初に取り組んだ改革の一つとして、サクセッションプランの徹底が挙げられます。

各部門各部署で一番活躍しているのは誰か、キーマンは誰なのか、将来その部門や部署を背負っていくと期待できるのかを確認する。
各ポジションに対して数名、場合によってはそれ以上の候補の人材群をプール(Talented People Pool)としてエントリーする。
誰をプールにエントリーするかは定期的に見直し、入れ替えを行う。
そのプールの中で、習得すべきスキルや知識、職務経験を明らかにし、計画的かつ集中的に人材育成を行う。

ニッサンではプールに属していることを本人に知らせないとのことですが、 米国におけるアセスメントセンター方式普及のキーマンの一人であるバイアム(William C. Byham)は次のように言っています。

「プール(Acceleration Poolと呼んでいる)に入って、特定のポストに向かって、用意された研修プログラム、 遂行が困難と感じられる挑戦的な職務経験を積むための配属・配置、本人には厳しいと感じられるかもしれない コーチングやメンタリングなど受けることになるので、プールに入るかどうかの意思確認を行ない、 本人が自発的かつ意欲的にプールの人材群の一人として加速的な能力開発に取り組む決意表明させるべきであり、 そのようなプールには入りたくないという人の意思も尊重すべきだ」。

また、バイアムは、内部育成を重視することを提唱しています。その理由として、組織としての価値観を共有できる、 何年かでも一緒に働いたということでその人材に対する同僚の信頼感・親近感が生じる、外部から今必要な人材を いきなりスカウトするのではなく内部でまずはプールを作り、足りない場合は将来を見据えてプールに補充する という発想で行くべきだとしています。

採用か内部育成か

もともとは、優秀な人材をいかに獲得するかで始まったタレントマネジメントの議論でしたが、 現在では、内部育成を重視し、そのためには困難な仕事、任務、経験に直面させ、見込みがある人材を なるべく早く引き上げていくべきだという議論に変わってきています。
ペンシルバニア州立大学教授で、米国でタレントマネジメントの理論や実践に関して大きな影響力をもつ ロスウェル(William J. Rothwell)のタレントマネジメントの考え方は、基本的にサクセッションプランそのものであり、 有能なリーダーを切れ目なく継続的に送り出すのがSP&M(Succession Planning and Management)であるとしています。 ロスウェルもまた内部育成の重要性を説いています。

出所)William J. Rothwell (2010) Effective Succession Planning: Ensuring Leadership Continuity and Building Talent From Within, 4th Edition、AMACOM

効果的な次世代計画
リーダーシップの継続性を確かなものとし、内部から人材を育成す。

ハイポテンシャルな社員により多くの機会を提供すること
ハイポテンシャル社員(将来活躍するだろうと考えられる社員)の昇進を加速させ、組織に引き留めなければならない。

人材育成における優先度という意味で「配置替えの必要性(replacement needs)」を認識することと
SP&Mは訓練、教育、人材開発のニーズを認識する促進力になる。それぞれの人材に求められる知識やスキル等の習得を促進するために、 それを可能にする職務経験を事前に計画的に積めるよう、配属・配置を意図的に行なうこと。

「人材プール(Talented People Pool)」を増大させること
SP&Mは、将来における重要なポジションに人材の準備をするプロセスを定式化する。 人材プールの定義、要件を明確化し、そこにエントリーできる人材を量的に増やす取り組みをおこなうこと。

組織の戦略的事業計画に貢献すること
SP&Mは、組織の戦略、人的資源管理、人材開発計画やその他の組織の計画や活動に連動し、支援的な役割を果たさなければならない。 そして、SP&Mには少なくとも5つのアプローチがある。

(1)トップダウン・アプローチ、(2)市場志向のアプローチ、(3)キャリアプランのアプローチ、 (4)未来志向のアプローチ、(5)ライフル・アプローチ(直面する組織の課題に即応する)、である。

各人が組織内のキャリアプランを実現する手助けとなること
組織は従業員の教育・訓練に本質的な投資を行なう。従業員のパフォーマンスは、 組織固有・職務固有の知識を習得する学習曲線に沿って個人的成長と経験を通じて増大していく。 人材育成や個人成長では、困難な経験(Job Challenge)や特定の職務経験を積ませることが必要である。

組織における知的資本に対するポテンシャルをタップ(tap)すること
知的資本は組織の人材価値に関連している。組織における知的資本に投資を行なうことは重要な戦略である。

多様なグループの成長を後押し、激励すること
多元的な文化を創生する必要がある。

従業員の能力(ability)を環境からの需要に変化させること
組織のリーダーの役割の1つは、あいまいさや不確実性から組織を防衛することである。

従業員の士気(morale)を増進させること
SP&Mは内部昇進(組織内部からの人材登用重視)を促すことによって従業員の士気を高める意味合いがある。 実際、内部育成方式は効果的に能力アップになるし、インセンティブにもなる。 ポストが空いたからといって、適宜、外部から人材をスカウトするというやり方では、内部の人材の自己啓発、 能力開発を動機付けることは難しい。

個人の力を組織の強さに

経営目線で人材を個別把握するための情報を考えた場合、優先順位が高いのは、キャリア情報と目標管理情報です。 キャリア情報、すなわち職務経歴ですが、転職のときの職務経歴書を思い浮かべればお分かりのとおり、 それぞれの従業員がこれまで具体的にどのような仕事をどのように行ってきたかは最も価値ある情報です。 ゆえに、職歴がある人材の採用面接では、これまでの具体的キャリアの確認に多くの時間を費やすことになります。

また、すでに自社に在籍している従業員については、これまで具体的にどのような仕事をどのように行ってきたか、 今どのような仕事をどのように行っているかという情報は、目標管理に集約されます。 もちろん、業績評価としての目標管理の達成度がAとかBとかという処遇反映用の評語のことではありません。 目標管理の具体的なコメント情報が重要なのです。
さらに、それをリアルタイムで共有できるツールがあれば、目標管理を本来のパフォーマンスマネジメントに 活かすことができるようになります。

ところが、目標管理制度の運用の現状はというと、最もITツール活用が得意そうなIT業界の大手企業ですら Excel のシートをメールに貼り付けて運用している場合がほとんどであり、 コメント情報を扱うタレントマネジメントシステムの普及は、まだまだこれからという状況。 まずは、コメント情報を含むキャリア情報と目標管理情報の価値を社内的に十分周知することが重要です。

人事給与システムであれば、台帳情報管理をするため、あるいは給与計算をするためという明確な目的と用途があります。 就業管理システムも同様、明確な目的と用途があります。給与計算や就業管理は目的と用途が直接的に結び付いています。

それでは、タレントマネジメントシステムはどうでしょうか?

確かに、人材の見える化や制度運用の実効性向上などが典型的な目的になりますが、 より具体的な使用イメージを描くことができるかどうかがポイントとなります。
例えば、人材の見える化を行いたい、特にスキルの管理を行いたい、スキルズインベントリー(個人のスキル情報) を管理したい、 1年サイクルでスキルチェックを行いたい、自己評価だけではなく上司評価も加えた精度の高いものにしたい… ここまでは問題ありません。

ただ、そのためにはツールもさることながら、自社の業種業態、戦略に適合したスキルディクショナリー、スキルセットが必要です。

タレントマネジメントシステムを導入するということは、システム任せで業務を効率化するということではありません。 システムをアナログ判断の支援ツールとして使いながら、人事部だけでなく、経営層と現場のマネジャーの人材マネジメントのレベルを 上げていくことであり、従業員自身のキャリア開発や働き方の最適化を支援することなのです。